第十四回研究会報告

去る11月2日(土)に当研究所の第十四回研究会が開催されました。
今回は科学研究費補助金(基盤研究(A)平成25年~28年度)プロジェクト「中近世キリスト教世界の多元性とグローバル・ヒストリーへの視角」との共催となりました。


プログラムは以下の通りです。

報告

久木田直江 (静岡大学人文社会科学部教授)
「The Booke of Ghostly Grace―ハッケボーンのメヒティルドの霊性と中世医学―」

高津秀之(東京経済大学専任講師)
「「宗教改革百周年」の挿絵入りビラ―「図像から読み取る歴史」から「図像がつむぐ歴史」へ―」

 久木田氏は、13世紀の北ドイツ、ヘルフタ修道院の修道女だったハッケボーンのメヒティルドによるLiber specialis gratiae(『特別な恩寵の書』)を、霊的治療のテクストとして分析することで、一瞥しただけではその意味を掴み難いメヒティルドの身体的で感覚的な啓示・幻視が、同時代の「養生訓」regimen sanitatisに代表される医学知識に根差していることを示された。医療文化人類学者バイロン・グッドによれば、各々の社会は独自の仕方で疾病経験を解釈するという。中世キリスト教社会のコスモロジーでは、心身の癒しはキリストの身体への模倣、一致というかたちで示される。特にメヒティルドにとってキリストの聖心は、人々に治癒をもたらす薬箱のメタファーで表現され、薔薇の花弁にも例えられるその傷口から、十字架上で搾り取られる聖なる血=赤ワインが迸る身体の中心であり、キリストの体は、キリストとの一致=結婚の宴にふさわしい美味な食物である。ここには、キリスト教的な聖体へのデヴォーションと、ガレノスのギリシア医学に由来する体液理論が交響するありさまを見て取ることができる。心身の制御によって人格を磨き完徳へと達することは同時に、アダムとエヴァの楽園追放によって崩れた体液のバランスを節制によって回復し、完全な体液バランスを保った存在としてのキリストへと近づく道である。また、身体はキリストの体から現れるハープの幻視が示しているように、一種の楽器としても表現される。救済を示すトランペット、10のプサルテリウム、といった音楽的メタファーは、キリストの身体=楽器というアウグスティヌス以来の伝統的アナロジーを、メヒティルドが独自のやりかたによって発展させたものと考えられる。ボエティウスが示しているように、音楽は数学に根差しており、宇宙の調和である。よい音は情念を和らげる薬であり、またアヴィケンナが述べているように、良い薬を選択する際、手がかりとなるのはよい匂いであって、そしてよい匂いは生気を養う。このように、宗教-医学、身体―精神、理論ー感覚が相互に交流し、融合しあう彼女の著作の構造から、「健康の場所」としての天国のイメージを看取することができるだろう。



 マルティン・ルターが「95か条の論題」を発表した1517年から百年後の1617年、プロテスタント領邦・都市では「宗教改革百周年記念祭」が開催された。高津秀之氏は、この祝祭と関連してドイツ各地で出版された多数の挿絵入りビラを紹介し、その歴史的インパクトについて論じた。これらのビラは、ルターの卓越した人格や優れた説教の能力を称えただけでなく、彼を預言者あるいは黙示録の天使として描き出し、その生涯をキリスト教の救済史の中に位置づけた。また、ビラには修道士テッツェルが何度も登場し、彼の贖宥状販売が宗教改革を引き起こす要因となったことが示され、改革の成果は、アンチキリストである教皇の支配と誤謬からの解放として示された。さらに、別のビラには、ルターと並んでメランヒトンが登場し、彼の役割が強調されているが、その背景には当時のルター派内部におけるフィリップ派と純正ルター派の対立が存在した。
 高津氏は、これらのビラに描かれたイメージが、宗教改革史に関する情報を含むものとして「解釈」される対象であるという以上に、歴史を動かし、さらには規定するという、より能動的な機能を果たした可能性を指摘した。具体的には、この時期のビラに描かれたプロテスタントとカトリックの戦いのイメージは、ちょうど宗教改革初期における農民=カルストハンスの戦いのイメージが現実の農民戦争に転化したように、1618年の三十年戦争の開始を促した可能性を持つ。「宗教改革百周年記念祭」を機に出版された挿絵入りビラは、当時の歴史的動向に影響を与えたばかりではなく、現代の歴史教科書に典型的に見られるような「マルティン・ルターの物語」としての宗教改革に対する歴史理解をも規定したと考えられるのである。


お運びくださった皆様、ありがとうございました。
盛況であり、また活発な質疑応答がなされたことも付して感謝申し上げます。

       
(文責:鈴木)

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